LOST

「ウソツキは嫌いだな。」 笑顔もそのままに、君は言った。 【 lost 番外編、蓮 】 雨の日は嫌いだ。 耳鳴りみたいに、鼓膜を震わせて、放してくれないから。 そんな時は、何もかも分からなくなるまで飲みまくった。 幸い、整った顔のお陰で衣食住には困らなかった。 「ねぇ?今日は泊まってく?」 付けすぎてとてもじゃないが良い香りとはいえない匂いを漂わせて、 1人の女が猫撫で声で問うてくる。 「…どうしようかな。」 その気も無いのに、笑みを浮かべて俺は焦らしてみせる。 女はそれをYESと取ったらしく、 腕に絡んでいた腕を首に回してこう言った。 「んもぅ…意地悪いんだから。」 自分が可愛いとでも思っているのだろうか。 もう麻痺して感じる事の出来ない香水も。 このまま俺の首を掻き切ってしまえるのではないかと思うくらい長い爪も。 胸元から覗くいろんな男を惑わせてきた谷間も。 喘がせてもさして可愛くない声も。 もう、ウンザリだ。 俺の母親はお水のママだった。 いつも帰りは朝で、いつも違う男の匂いをさせて、 俺の父親が出て行ったという雨の日には、 いつも俺を殴った。 あの女のお陰で、俺には消えない傷跡が幾つも刻まれた。 女は嫌いだ。 俺を殴る醜い女の顔を思い出すから。 男も嫌いだ。 俺を捨てていった憎らしい男の顔を思い出すから。 何もかもどうでも良い。 どうでもいいから…早く。 早く、この雨の音を掻き消してくれ。 「あれ?」 一瞬、澄んだ声が雨音を打つ消した。 俺は目を見開いて声のした方を向く。 女は不思議そうにしていたが、そんな事はどうでも良い。 「……。」 そこには一人の少年が立っていた。 まだあどけなさを残した…綺麗な少年。 少年は笑みを浮かべていた。 全身ずぶ濡れになりながら、 それさえも少年を飾り立てる付属品のように見えるほど、 綺麗な笑顔だった。 「こんなところで何をしているの?」 「…え?」 「あんまり遅いから、迎えに着ちゃったじゃないですか。」 「何を…」 言っているのか分からない、 そう言おうとしたが、 俺の声は甲高い声に遮られる事となった。 「何この子ーっ、知り合い!?超キレイー!」 「こんばんは。その人は僕の兄なんですよ。 両親につれて帰ってくるように頼まれまして。」 少年は何も悪気の無い顔で嘘を吐いた。 間違いない。 この少年と俺は今ここで初めて会った。 何故、少年がわざわざ親族のフリまでして俺に話し掛けてきたのか、 それは定かではないが。 「しょうがないっ。こんなキレイなこの誘いじゃぁねー。 アタシは退散するわvvまたね。」 女はあっさりと引き下がった。 ”また”なんて、おそらくもう無いだろう。 女が立ち去った後には、 重い沈黙と、雨音。 「……。」 「……。」 「……なぁ。」 「はい?」 「俺たちって兄弟でしたか?」 「いいえ?赤の他人ですよ。」 あぁ、やっぱり。 「じゃぁ、何で俺は今ここに少年と二人きりなんでございましょう?」 「僕があなたを兄と言い張って呼び止めたからですね。」 …確信犯か。 ただのイタズラにしてはこの少年は一向に立ち去る気配が無い。 「俺に、何か用でも?」 「ありません。」 「……・。」 「ただ、 行きたくなさそうに見えたから。」 俺は再び目を見開き、少年を見た。 途端湧き上がる怒り。 分かってる。 コレはただの八つ当たり。 見抜かれていたことが無性に腹立たしかっただけ。 もし万が一の事があっても、謝って金でも抓ませればそれで済む。 俺は、そんな最低な事を考え、そして、少年に殴りかかった。 「殴れないよ。」 「…っ!?」 まるで、時が止まったようだった。 俺の拳は少年の顔面すれすれでとまっていた。 緊張していたのか己の荒い息が聞こえる。 ただ、少年の真っ直ぐな、けれど何処か空虚な目に射抜かれて、 固まってしまった。 「あなたは僕を殴れない。」 少年は俺に言い聞かせるようにゆっくりと言う。 雨脚は強まり、確実に俺の耳を侵食していくのに、 少年の声だけは何故か掻き消されることはなかった。 やがて、落ち着きを取り戻した俺は拳を解いた。 「……ったく、人のお楽しみの邪魔しておいて、 そんな綺麗な目を向けないでくれよ。」 悔し紛れに心にも無い事を呟いた。 「ウソツキは嫌いだな。」 本当に何でもお見通しなその少年。 俺は乾いた笑い声を漏らすと、少年に尋ねた。 「少年、名前教えてくれない?」 「シュン。」 「シュンか…、俺は蓮。蓮華の蓮だ。」 「綺麗な名前だね。」 そう言ったシュンに、”綺麗なのはお前だろう” 、と心の中で呟いてやった。 その後、シュンが”風神”というチームの総長である事や、 仲間の話を聞いた。 今日は集会は無かったが1人ぶらぶらと歓楽街を歩いていたら、 女とつまらなさそうに戯れている俺を見つけたそうだ。 シュンといた時間はとても心地良く、 今日限りにしてしまうのはとても口惜しかった。 (…俺も入りたいな…。) その言葉を言ったのは、その数分後だった。 そこにはきっと楽しい事が待ってるはずだから。 雨の音はもう聞こえない。 -END-